日本対がん協会

第94回 独り身でがんになった/木口マリの「がんのココロ」

掲載日:2026年5月14日

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 病というのは人の状況なんておかまいなしに突然やってくるもの。幼い子供がいたり、介護が必要な親がいたり、人生のビッグチャンスのときだったり、職を失っていたり、独り身だったり。

 どの状況ならラクというのはなくて、いずれにも大変な面と、救いになる面があるのだと思います。

ひとりでのんびりの図

楽観の先に、独り身の不安

 私ががんになったときは独り身で、状況はこんな感じでした。

・30代後半
・東京都内で一人暮らし
・バツイチ、子なし
・パートナーなし
・仕事はフリーランス
・実家まで1時間くらいの距離
・姉兄も都内在住
・頼りになる友人がいる

 たしか、独り身になって2〜3年のころだったと思います。昔から自由に生きているような人間で、「パートナーはそのうちできるだろう。たとえ40歳を過ぎても子供を作ろう」と楽観的にかまえていたような具合。

 仕事は現在と同様にフリーで撮影、執筆、編集などをしていたのだけど、もっと仕事の幅を広げよう!と思い立ち(だいたいいつも突然思い立つ)、ほぼ専属で契約していた会社に「辞めます」と伝えた直後でした。

 そんなときに「がんです」と言われたもので、うーん、どうしたものかと思いつつ「やっぱり辞めません」とは言い難いというか、「常に前にしか進まない」をモットーにしているのと「すぐに治るだろう」と、またも楽観視していたのもあって、そのまま治療に入ることになりました。

 ところがどっこい、意外とすぐには治らないことが、治療の経過とともに徐々に判明していくという。しかも手術の影響で不妊になるため、「子供を持つ」という将来を放棄せざるを得なくなりました。

心配事もあるけれど…

 そうなると、さまざまなことが心配になります。一般的に独り身での不安点には、生活面、経済面、精神面のほか、手術時の立ち合い人がいないといった実質的な問題などがあります。

 私の場合は、しばらく働けなくても治療や暮らしは大丈夫なのかという、近い未来の「経済面の不安」、そしてパートナーがいない孤独な人生になるのではという、将来の「精神面の不安」の2つが、心配事として湧き上がってきました。

「その手術、いくらかかりますか?」

 前者の「経済面の不安」は、独り身に限らず多くのがん患者が感じるものだと思います。私の場合は、助けを求めれば応えてくれるであろう親兄弟もいました。

 しかし彼らにもそれぞれの生活があります。病気というピンチとはいえ、経済的なサポートを求めるのは精神的に相当ハードルが高い。

 配偶者がいても経済的に支え合えるかどうかは分からないし、養っている家族がいればもっと悩みは大きいのかもしれません。ただ、どうすべきか考えるのも行動するのもひとり。すべてひとりで乗り越えるといった状況ではありました。

 主治医に「その手術、いくらかかりますか?」とたずねたこともあります。「命とお金、どっちが大事なんだ」と怒られるのではとビクビクしていたのだけど、もちろんそんなことはなく。

 実を言うと経済面で不安を感じていたのは最初のころだけです。結果的には高額療養費制度と、任意の医療保険と、なけなしの貯金のおかげで1年5カ月の休職期間をやり過ごすことができました(フリーランスなので保険組合等からの支援はない)。

 ちなみに区役所で「治療中に経済的に困ったときのサポートはありますか」とたずねたところ、「生活保護」と返ってきました。

 当時はこれも相当なハードルに感じてまったく現実的な選択肢に入らなかったものの、仕事ができるようになるまでの間だけの受給も可能なわけで、今考えると悪くない回答だったと思います。

 ただ、生活保護の知識は皆無だったので、あと一歩、職員から「どんな制度なのか」の適切な説明があってほしいところでしたが。

この先、一生ひとりかも!?

 そして後者の、将来の「精神面の不安」。告知を受けたときは身近に相談できる家族や友人がいたためか、パートナーがいないことを何とも思っていませんでした。しかし一生となると話は別です。

 子宮や卵巣を失うことで「がんになっただけでなく、女性でもなくなるのでは」という不安があったとき、果たして、それでも私と付き合おうと思う人はいるのだろうか、と悩みました。

 合併症で人工肛門になったときも同様で、「この体ではだれもパートナーになろうとする人はいない」と思い込んでいました(その後、人工肛門をお腹に戻すことになったのだけど、このときはそんなことが可能だと思っていなかった)。

 結局のところ術後も女性のままだったし、人工肛門があっても結婚や出産をした人もいるので、まったくそんなことはないのですが。それでも当時は真剣に悩んだものです。

 そのときに私がしたことは、まずは「何もしないで落ち込むにまかせる」。次に「誰かと話す」でした。

 多くの人が自然にやっていることですが、落ちているときは自分をほっといてやるのも大事だよな、と思います。それで気持ちの整理がつけばいいし、もう少し何かが必要だったら次のアクションに移ります。

 このときの私に必要だったのは、気持ちを受け止めてくれる人と、新たな視点のきっかけをくれる人でした。それを意識していたわけではないけれど、だれと話せば変化が起きそうか、私の知る限りの友人知人を頭の中でグルグルと巡らせて、ピタリとハマりそうな人物を探しました。

 まずターゲットになったのは、古くからの友人です(実はだいぶ昔の彼)。「この人なら絶対に私が聞きたくない言葉を言わない」と確信して電話をしたのだけど、その思惑は完全にビンゴ。そして心が落ち着いたところで、主治医にも話をしました。

 頭や心を整理するためには「他者」という存在がとても重要なのだと思います。自分だけでは自分の領域から出ることはできないけれど、他者がいることで別の世界が見えてきます。

 また、医療者に「どんなことが不安なのか」「何を大切にしているのか」を伝えることは非常に重要だったのだと、あとで気づきました。正しい知識で不安を和らげてくれただけでなく、治療方法も私に合った形を模索してくれたのでした(先生、ありがとう!)。

 特に精神的に弱っているときなど、不安を口にするのが難しい場合もあるかもしれません。私も「手術が怖い」の一言が言い出せなかったこともありました。でも、後悔なく、できるだけ望む方向に進むためには、ちょっとがんばってみることも必要なんだと思います。

「自分にとっての大事なこと」「困っていること」は、自分にしか伝えられないものです。伝えなければ、だれもそれに気づきもしないのです。

「自分にとって大切なこと」は何ですか?

今も心配事はあるけれど

 冒頭に「どんな状況でも大変な面と救いになる面がある」と書きましたが、「ヨカッタ」と思う点は、私にももちろんあります。ひとりの気楽さがあったり、あまり話したことのなかった父とふたりきりでじっくり話す機会ができたりしました。

 急な腹痛のときも救急車を自分で呼ばねばならないなどの事態もありましたが、想定できる緊急事態にはそれなりの準備をしておけば何とかなります。

 ただ、最近になって湧いてきた「自分には、将来看取ってくれる子供がいない」という不安にはまだ対処できていません。今は「悩むにまかせる段階」ですが、それも今後、解決策を見出していきたいと思います。

 独り身の人に対して、まず何が必要なのかといえば、「ひとりではない」「一緒に考えてくれる人がいる」と思える場があるかどうかだと思います。病院なり薬局なりから、患者になった早い段階でそれをしっかりと伝えてもらえるといいかもしれません。

 そのあたりも以前より整ってきたように思いますが、みなさんの周りではどうでしょうか。  

 今年の「ジャパン・キャンサー・サバイバーズ・デイ」(2026年6月7日@国立がん研究センター中央病院研究棟)では、「ひとり暮らしのがん治療を考える」というトークセッションが行われます。

 がん経験者のトークをユーモアを交えて発信する「がんノート」の岸田徹さんが、医療者や“おひとりさま”のがん経験者とともに語り合うのだとか。どんなトークが繰り広げられるのか、興味のある方はぜひご参加ください。

ジャパン・キャンサー・サバイバーズ・デイ2026
▼詳細・申込みはこちら:
https://www.jcancer.jp/gsclub/jcsd2026

木口マリ
「がんフォト*がんストーリー」代表 執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。2013年に子宮頸がんが発覚。一時は人工肛門に。現在は、医療系を中心とした取材のほか、ウェブ写真展「がんフォト*がんストーリー」を運営。ブログ「ハッピーな療養生活のススメ」を公開中。