「がんになったら運動しよう」――そんな話を聞いたことはあるでしょうか。病気というと、ついつい「安静にしなきゃ」と思いがち。でも、がんにおける運動の研究は、文字通り“アクティブ”な方向を向いています。
そう。今の時代、がんと告知されたら「布団にくるまる」ではなく「運動を始める」なのです。
とはいえ、治療内容や体調など、その時々で体の状況は変わるもの。術後なんか、全然動ける気がしません。それぞれの状況下でできる運動はあるのか、何に気をつけたらいいのかなど、分からないことが多すぎる。
そんなときはプロに聞こう!というわけで、第92回でも登場したアスレティックトレーナー/乳がん経験者の永田美香さん(以下、美香さん)にお話をうかがいました。
(第92回「体力アップ…を体験!〈vol.1〉パーソナルトレーナーを味方にしてみた!/木口マリの「がんのココロ」はこちら: https://www.jcancer.jp/gsclub/tips/23805)
しかしなぜ、「がんになってからの運動が大切」と言われているのでしょうか。
「米国には、数十年前からがんのリハビリや運動の考えがありました。研究が進むなかで、運動ががん患者さんの『疲労や睡眠の改善』『生活の質の向上』『不安の軽減』などに効果があることが分かりました。乳がんや大腸がんなどの一部のがんについては、死亡や再発リスクを軽減するという科学的根拠(エビデンス)も出ています」(美香さん)。
2019年、米国スポーツ医学会(ACSM)は「Moving Through Cancer(ムービング・スルー・キャンサー)」と呼ばれる国際的な取り組みを提唱しました。Moving Through Cancerとは、「がんとともに生きる」という考え方に基づいたものだそう。(※参考「Exercise Oncology」ACSM:https://acsm.org/prime-time-exercise-oncology/)
「米国の人々の間では、『生活の中に運動があることが当たり前』という概念が定着しています。体の変化があっても『運動をやめる』のではなく、『どんな運動をするか』が変わるだけ。がん患者さんの場合、運動を取り入れることで、心身ともにラクに治療を受けられるようになったり、体力低下のための治療の中断を防ぎ、予定どおりに治療を進められたりする利点もあります。それは患者さんにとって大きな安心材料になると思います」。
米国で運動を学び、アスレティックトレーナーとして運動選手などのリハビリや機能訓練を専門にしてきた美香さん。がん患者さんへの運動指導に興味を持ったきっかけは、やはり自身のがん経験でした。
美香さんが乳がんと診断されたのは2017年。まだ日本では「がん患者の運動」の考えが広まっていないころでした。
「主治医に聞いても『無理をしない程度に』という回答。私はそれを『あまり運動はしないで』と受け取ってしまいました」。
運動を専門にしている自分でさえそうなのに「他の患者さんはもっと困っているのでは」という思いを抱いた美香さん。すぐさまがん患者さん向けの運動の動画を作り、配信を開始しました。2019年、「Beyond Mamma(ビヨンドマンマ)」の立ち上げを経て、乳がん患者さん向けのオンライン・パーソナルトレーニングをスタート。現在では、さまざまながん種の患者さんの運動指導や、後進の育成にあたっています。
治療中、美香さんが特につらかったのは、命に対する「無効力感」だったといいます。
「私の場合、運動することで『自分の命を自分で支えている』と感じることができました。『効力感』を取り戻せたんです。運動は、心の支えにもなるのだと実感しました」。
効力感とは、ある課題や困難に対し「自分は対処できる」と信じられる感覚のこと。がんは自分の意思と関係なく起こるものだけれど、そのなかで一つでも「できる」と思えることがあるのは、自信や希望にもつながりそうです。
「がんと診断されたら、できるだけ早く運動を始めましょう」と美香さん。
その理由は、告知から治療開始までの期間はもっとも体が動けるときであり、「体力の貯めどき」だから。治療が始まると体力や身体機能はどうしても落ちてしまいます。その予防のためにも早めのスタートがいいそう。
「えええ〜、運動なんてかなりご無沙汰なんだけど……」という声が聞こえてくる気がします。うんうん、大人になるとそんなものですよね。
そんなみなさんにもできる運動があります。それは、体を大きく動かすこと!
「最初から『30分走ろう!』のような高い目標を設定しなくていいんです。屈伸、伸脚、アキレス腱伸ばし、背伸びといった簡単なストレッチから始めましょう。ラジオ体操も効果的です(私も毎日のようにやっています!)。まずは『ひざがポキポキ鳴っているな』など、体の調子を認識するくらいで十分。物足りなくなったら別の運動を加えていきましょう」。
ただし、運動を始める際に忘れてはいけないポイントも。
「まずは主治医に運動をしてもいいかを相談し、注意点を確認しましょう。具体的には、『動かしてはいけない部位(関節)はあるか』『心拍数はどこまで上げていいか』など。がん種を問わずそのあたりの基本は同じです」と美香さん。
「『Exercise is Medicine(エクササイズ・イズ・メディシン=運動は薬)』という言葉があります。薬と同様に『用法、容量を守って』行うことが重要です」。
運動が体にいいのは誰もが知るところですが「用法、容量を守って」は、私(キグチ)には初耳でした! 闇雲にがんばるのではなく、“そのときの自分”にちょうどいい運動を選んでいくことが大切ですね!
では、術前、術後、抗がん剤治療中など、それぞれどんな運動をしたらいいのでしょうか。治療に応じての運動法を教えてもらいました。
《告知〜手術前》
前述したように、手術前は「体力の貯めどき」。術後は体力や身体機能が必ず落ちるため、運動制限がなければしっかりと運動しておきましょう。有酸素運動(ウォーキングなど)や筋トレなどがオススメ。そのほか、術後に行う「呼吸トレーニング」の事前練習(プリハビリテーション=プリハ)もしておきます。
※参考:『これから手術を受ける人のためのプリハ動画』(埼玉県立がんセンター)
https://www.youtube.com/watch?v=Fg3e_5YfZ2c&list=PL-zJ1NBIntsRWOTaK40HfV1OlAlzfyMOR&index=2
術前に行いたい呼吸や簡単なストレッチのYouTube動画(美香さんと埼玉県立がんセンターがコラボで制作)
《手術直後》
「呼吸トレーニング」は麻酔から目覚めてすぐに始められる運動です。いわゆる腹式呼吸。1・2・3で吸って、10を数えるくらいの長さでゆっくり吐きます。吐ききったら少し息を止め、また吸うところから繰り返します。
腹式呼吸は、お腹の大きな筋肉である横隔膜の運動で、内臓やリンパも動きます。呼吸で自律神経が整い、手術でダメージを受けた体の修復をうながす効果も期待できます。
《手術後、歩けるようになったら》
アキレス腱伸ばしや腰を回すなどのストレッチをしましょう。主治医から「可動域の制限」の指示があれば必ず守ります。それ以外はどんどん動かしていきましょう。
《抗がん剤治療中》
体調の波があるため、「①朝5分のストレッチ」「②追加でスクワット10回」「③外に出られそうならウォーキング+スクワット」のように選択肢を用意しておきます。どうしてもつらい日は「1秒長く吸って、1秒長く吐く」など意識的な呼吸を行いましょう。
《骨転移がある場合》
主治医に「動かしてはいけない部位」を確認し、それ以外のところを動かしていきます。運動は、そのほかの部位の機能維持に役立ちます。
※参考:『がんの治療中や治療後の運動の効果に関するエビデンス表』(埼玉県立がんセンター)
https://www.saitama-med.org/img/file42.pdf
ACSM「がんサバイバーのエクササイズガイドライン」を参照・改変したもの。すべてのがん種が対象です。
※参考:『乳がん治療と運動』(日本対がん協会)
https://www.jcancer.jp/wp-content/uploads/enlightenment_booklet_nyugan.pdf
乳がんの方向けの資料です。
でも、どうしても動けないときや、動きたくないときはどうしたらいいのでしょう。
美香さんも「治療中は体調の浮き沈みがあった」と言います。「そんなときは、焦らなくても大丈夫。意識して呼吸するだけでもいいんです」。
私(キグチ)はここ数年、不意に疲れがどっと出たり、全身がだるくなったりするようになりました。今日は、運動はムリかな〜と思うこともしばしば。
以前、そのアドバイスとして美香さんから教わったのは「運動したくないときは、代わりに入浴する」でした。当然ながら運動と入浴は別モノですが、運動の目的の一つである「血流をうながす」ことができるそう。
この話を聞いたとき、運動に対するハードルがググッと下がった気がしました。もともと日本人は「運動はがんばってやるもの」のようなストイックな精神があるように思いますが(とくに私と同じ昭和世代はそんなイメージな気がする!)、自分のペースに合わせてちょっと一息ついてみるなど、気楽さとともにあってもいいのだと感じました。
「運動指導のときも、『運動しなきゃ』ではなく『これならできそう』と思ってもらえる時間になるとうれしい」と美香さんは言います。
心のペースもひとそれぞれ。「わたし基準」で選んでいきたいものです。
また、運動は正しく行うことが重要です。自分一人では難しい場合は、自分への投資としてパーソナルトレーニングを活用するのも手(キグチは美香さんのオンライントレーニングを受けています!)。近年ではがん患者さん向けにトレーニングを行うスポーツジムも登場しています。
自分に合うトレーナーの探し方として美香さんはこうアドバイスします。「日本にはトレーナーの国家資格がなく、ピンキリなのが正直なところ。まずはどんな資格を持っているのかの確認と、入会前に体験してみることが大切です」。
多くのがん患者さんを運動でサポートしてきた美香さん。
「がんになったからといって人生が終わるわけではありません。それからの人生を彩り豊かに生きるためにこそ体力が必要で、運動はその助けになります」と語ります。
「人間は37兆個の細胞の塊。その一つ一つが、常に生きようとしてくれています。たとえ自分があきらめるようなことがあっても、体は絶対にあきらめないでいてくれる。私たちは、もっと体を信頼していいのだと思っています」。
私(キグチ)も、お腹に登場した人工肛門が私の意思と関係なく自由気ままに動いているのを見たとき(人工肛門は腸の一部をお腹の外に出したもの。動きが大変愉快なのです)、そのあまりに楽しそうな様子に癒されると同時に「私を生かそうとがんばってくれているのだ」と、心が熱くなったものです。
思えば、どの臓器も細胞も生まれたときからずっと私のそばにいて、私を生かそうとしてくれている。それらを支えていくのは、意思のある「私」の役目だと感じたことを思い出しました。
……と言いつつ、最近は遅寝遅起きだし、ジャンクフードも食べるし、ダメダメなんですが。美香さんのお話を機に、襟を正さねば(少し)と改めて思いました。
―――――
●永田美香(ながた みか)
Beyond Mamma(https://www.beyondmamma.com)主宰。米国国家資格を持つアスレティックトレーナー。
スポーツ現場での20年以上の経験と、自身の乳がん治療の経験をもとに、乳がん治療中・治療後の方が安心して運動に取り組める環境づくりを行っている。
個別運動サポートのほか、乳がん専門運動指導者養成講座「feets」を主宰し、医療と運動の橋渡し役として活動。SNSや講座を通じ、「乳がんになっても運動ができる社会」の実現に向けて、専門知識と経験の両面から発信を続けている。
(※美香さんのエクササイズYouTube:https://www.youtube.com/@beyondmamma)

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