2024年01月11日

報道向け発表

がん診療連携拠点病院における認知症整備体制に関する全国実態調査

発表のポイント
・入院前後や退院後の認知症スクリーニングテストをしていたのは3.5~22.1%でした。
・ほぼ全施設で認知症のがん患者の対応に苦慮、具体例が浮き彫りになりました。
・コロナ禍の面会制限の実態が見えました。遠隔で動画を使った面会は75.7%でした
調査の背景
超高齢社会を迎え、認知症のがん患者が増えています。2021年の人口動態統計では、全悪性新生物死亡数のうち、65歳以上が88%を占めています。日本では、2012年時点での65歳以上における認知症の推定有病率は15%で、全国の患者数は約462万人と推計されています。さらに、2025年には約650万人から約700万人に達すると見込まれています。
 
がん患者の治療にあたるがん診療連携拠点病院でも、患者の生活の質の向上や、死亡リスクなどを減らすために対策を進めることが課題となっています。3年にわたるコロナ禍では、面会制限によるがん患者への影響も懸念されていました。
調査の概要
公益財団法人「日本対がん協会」(垣添忠生会長)は、2023年4~6月、認知症のがん患者への対応の状況を調べるため、全国にあるがん診療連携拠点病院(2022年度時点、451施設)にアンケート調査を実施、256施設から回答(回答率57%)を得ました。その結果、がん患者の認知症対策は、なお途上にあることが浮き彫りになりました。
 
今回の調査は、小川朝生・国立がん研究センター東病院精神腫瘍科長と、寺嶋毅・東京歯科大学市川総合病院教授にご協力をいただきました。

統計解析報告書(全文)ダウンロード

調査結果の全文は、下記よりご覧いただけます。

 
 

アンケート結果
※グラフの番号は、統計解析報告書(全文)の番号と同じです。

入院時の対応

がん患者が認知症かもしれないという視点で確認する体制があるかどうかは、がん治療を進めるうえでも、重要な判断材料となります。がん診療連携拠点病院での患者の認知症チェック体制について尋ねました。
その結果、入院前後に認知症であるかないかを確かめるためのスクリーニングテストを実施している施設は22.1%でした。
「入院前後に認知症のスクリーニングテスト(MMSE、長谷川式等)をしている」22.1% いいえ77.9%

アンケートグラフ

退院後でのチェックの実施は3.5%でした。認知症患者の療養・退院支援に関するマニュアルの整備や、在宅医療への申し送りのルールが決まっている施設は約半数でした。
「退院サマリーに認知症患者の精神状態について在宅医療に申し送りする項目がある」48.4% いいえ51.6%

 

「退院後に必要とされるタイミングで認知症のスクリーニングテスト(MMSE、長谷川式等)をしている」3.5% いいえ96.5%

 
アンケートグラフ
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情報収集体制

認知症患者に関する手続きの定期的な見直し体制は約半数でした。認知症診断のために精査が必要な患者の把握体制は4割台でした。
「認知症患者の退院支援や手続きを定期的に見直す体制がある」50.2% いいえ49.8%
「認知症診断のために認知症の検査が必要な患者を把握している」42.7% いいえ57.3%

 
アンケートグラフ
アンケートグラフ

小川朝生氏コメント
「今回の調査で対象となったような急性期病院では、認知症の精査を担当する精神科や神経内科がないと、認知症の検査までにつなげることが難しい現状があるのではないか」
「認知症患者への支援・手続きについては、そもそも高齢者でどのような支援が望まれているのか知られていないという課題がある」

 

せん妄ケア

一方で、がん患者に多くみられ、さまざまな精神症状が生じる「せん妄」。その対応は近年問題となりました。診療報酬で、せん妄ハイリスク加算が導入されたこともあり、大半の施設で取り組まれていました。
「せん妄ハイリスク患者ケア加算を取得している」92.2% いいえ7.8%
「せん妄の治療やケアなど、対応方法をまとめたマニュアルがある」85.8% いいえ14.2%

 
アンケートグラフ
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小川朝生氏コメント
「診療報酬などのインセンティブがあることが、体制整備の後押しになったのではないか」

 

病院の退院に関する規定

(「認知症が疑われる場合のアセスメントや鑑別を進めるための認知症ケアチームが院内にある」と回答した189施設での集計)
 
がん患者を退院させることについては、認知症という精神症状を理由にするのではなく、あくまでケアや治療といったがん治療にかかわる身体的な要因で判断することを明確に規定している施設は、3割でした。患者が認知症だった場合に、退院時に家族へ事前に連絡することを明確に規定している施設は4割弱でした。
「精神症状ではなく、ケアや治療といった身体的な要因で行うことについて明確に規定している」34.4% いいえ65.6%

 
アンケートグラフ

さらに、認知症患者では、夕方になると落ち着かなくなったり、不安に陥ったりする「夕暮れ症候群」が認められる場合がありますが、こうした症状に配慮して日中に退院をするよう明確に規定している施設も2割でした。
「認知症患者の退院は夕暮れ症候群などに配慮して日中に行うことを明確に規定している」19.0% いいえ81.0%

 
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認知症に関する研修体制

高齢者とのコミュニケーション技術や脆弱な患者への支援方法を学ぶ機会については、7~8割の施設が、そうした機会を設けていました。
「高齢者とのコミュニケーション技術を学ぶ機会がある」84.7% いいえ15.3%
「脆弱な患者への支援方法を学ぶ機会がある」76.8% いいえ23.2%

 
アンケートグラフ
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認知症患者の困難事例

がん患者が認知症だった場合に、どのような対応に困った事例があったのかについて、ほぼすべての施設で、認知症患者への対応に困った経験があると答えました。
「認知症のがん患者への対応で困ったことがある」97.7% いいえ2.3%

 
アンケートグラフ

具体的な事例について、最も多かったのは、医師が治療方針を説明しようと思っても、患者本人が自分の治療について判断できないということでした。また、外来でがん治療を対応しようとしても、在宅での治療を支える家族がいないという問題も高い割合を占めました。
大腸がん手術後に、人工肛門(ストーマ)を設置し、認知症を抱えながら日常的に自身へのケアが必要になっても、周囲に支援者がいないという切実な問題を抱える例が6割を占めました。また、このほか、在宅での抗がん剤服薬の管理や、抗がん剤治療中の副作用を周囲に訴えたり、適切な食事管理をしたりすることができなかったりするなどの問題も6割を占めました。また、がん患者であることを理由に介護施設から入所をことわられた例も2割ありました。
(対応で困ったことがあると回答した250施設)
1「本人が治療について判断できない」93.2% いいえ6.8%
2「入院中のリハビリを拒否する」59.8% いいえ40.2%
3「大腸がん手術後の在宅でのストーマケアの支援者がいない」62.2% いいえ37.8%
4「在宅での抗がん剤服薬の管理の支援者がいない」63.5% いいえ36.5%
5「在宅での抗がん剤や分子標的薬による手足症候群をケアする家族がいない」44.2% いいえ55.8%
6「在宅での抗がん剤や分子標的薬による手足症候群のケアを支援する訪問看護ステーションがない」14.5% いいえ85.5%
7「在宅での抗がん剤治療中の副作用(下痢や発熱、痛み、悪心)などを患者本人が周囲に伝えることができない」63.9% いいえ36.1%
8「栄養バランスや回数など適切な食事管理ができない」63.1% いいえ36.9%
9「介護施設からがん患者だということを理由に入所を断られた」26.5% いいえ73.5%
10「在宅での治療を支える家族がいない」76.7% いいえ23.3%

アンケートグラフ

小川朝生氏コメント
「認知症のがん患者の支援でどのような点で困難が生じているのか、まとまったデータがないなかで、貴重な数値だ。今回の調査の大きな成果だ」

 

コロナ禍の面会制限

新型コロナウイルス感染症が感染拡大する状況では、面会制限については、ほとんどの施設(256施設のうち252施設・98.4%)で実施しており、88%の施設が面会制限を2020年に開始していました。こうした施設での面会制限の状況を把握する調査はほかに例がないものとして貴重なデータを得られました。
面会方法で最も多かったのは、テレビ電話などでの遠隔で動画を使った面会でしたが、電話や、面会時間や人数の制限で対応していた例も約半数を占めました。
また、面会時間を制限したと回答した施設のうち、面会時間で最も多かったのは15分間でした。
「コロナ禍で対面での面会制限を設けたことがある」98.4% いいえ1.6%
「面会制限の時期(年)」 2019年2% 2020年88% 2021年6% 2022年3% 2023年1%

 
アンケートグラフ
アンケートグラフ

(面会制限をしたことがあると答えた252施設)
1「窓越しの面会は実施」21.1% いいえ78.9%
2「テレビ電話など遠隔での動画を使った面会」75.7% いいえ24.3%
3「電話などでの音声のみの会話」52.6% いいえ47.4%
4「一切の面会、接触を中止」18.7% いいえ81.3%
5「面会時間を制限」55.0% いいえ45.0%
6「面会人数を制限」57.4% いいえ42.6%

アンケートグラフ

認知機能の低下

面会制限をしていた252施設のうち、患者の認知機能の低下の経験例があったと回答したのは158施設を占めました。最も多かった面会方法は「テレビ電話など遠隔での動画を使った面会」でした。一方で、そうした経験例を確認していないとした86施設でも、「テレビ電話など遠隔での動画を使った面会」が最多で、面会制限と認知機能の低下の関連は不明でした。

アンケートグラフ

寺嶋毅氏コメント
「コロナ下での医療機関の面会制限の実情を対象にした全体的な調査は例がない。新型コロナウイルスを含め、今後も、こうした面会制限に迫られる事態に直面する可能性は大いにあり、今後の対策を考えるうえでも役立つデータになるだろう」

 
 

プロフィール

小川朝生氏

小川 朝生(おがわ・あさお)

国立がん研究センター東病院精神腫瘍科長(国立がん研究センター先端医療開発センター精神腫瘍学開発分野長併任)

 

東京大学理学部卒業、大阪大学医学部卒業。国立病院機機構大阪医療センター神経科、緩和ケアチームなどを経て、2007年から国立がんセンター(現国立がん研究センター)東病院に勤務。2015年から現職。

寺嶋毅氏

寺嶋 毅(てらしま・たけし)

東京歯科大学市川総合病院呼吸器内科教授

 

慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学医学部内科呼吸循環研究室、東京歯科大学市川総合病院内科学講座准教授などを経て、2014年から現職。

【問い合わせ先】
公益財団法人日本対がん協会
検診研究グループマネジャー
服部 尚
電話03-3541-4771(代表)
Email gankenshin@jcancer.jp