2021年01月22日
お知らせ
現場からの報告 がん相談ホットラインと新型コロナの1年
新型コロナウイルス感染症の患者が日本国内で初めて確認されてから1年が過ぎました。この間、日本対がん協会の無料電話相談「がん相談ホットライン」は、新型コロナに不安を抱えるがん患者さんやご家族の声に耳を傾け、寄り添ってきました。11都府県に再び緊急事態宣言が出された現在も、可能な限りの態勢で相談業務を続けています。
相談員を率いる日本対がん協会支援相談室の北見知美マネジャーが、この1年を振り返っています。
日本対がん協会の無料電話相談「がん相談ホットライン」に初めて新型コロナに関する相談があったのは2020年1月20日。国内で初めて感染者が確認されたとの報道があった4日後のことだった。その後、同月30日にWHOが「国際的な緊急事態宣言」を出し、乗客の感染が確認されたクルーズ船ダイヤモンド・プリンセスが2月3日に横浜港に入港してからはメディアでの報道が増え、それに呼応するように、相談件数も増えていった。
2月初旬には「面会ができない」という相談が寄せられた。同月中旬以降になると「コロナ対策の影響で検査が先になると言われた」「自分で希望して検査を延期した」「コロナの影響で治療が延期になった」という声が聞こえ始め、がん患者を取り巻く状況がより深刻になっていることがみてとれた。一日で最も多く相談があったのは4月20日、25日で、両日とも一日の相談件数25件のうち、14件が新型コロナに関係する相談だった。
「診察室の椅子も不安」の声
がん患者の多くは日頃から感染に気をつけた生活をしている。特に化学療法中の人は、副作用の骨髄抑制があると外敵から身を守る機能が低下するため、感染予防を徹底している。普段でも感染しないように緊張を強いられている多くの患者は、未知の部分が多い新型ウイルスの出現で、命が脅かされていると感じるほどの不安や恐怖にさいなまれることになった。
「頑張ってがんの治療をしたのに、コロナで死にたくない!!」。鬼気迫った叫びにも近い声をあげた相談者がいた。別の相談者は震える声で「通院で電車に乗るが、感染のことを考えると怖い……」と話し、おびえている様子が電話越しにひしひしと感じられた。また、病院内の感染防止対策がどの程度なのかに不安を抱き、「器具や診察室の椅子の消毒に至るまで感染が不安です。自分で消毒用アルコールを持参して椅子や器具を拭こうかと思うくらい」と話す治療中の人もいた。
感染や重症化を懸念し、病院に行くことや治療すること自体に悩む相談も多く寄せられた。手術を予定している人から「コロナの感染予防対策が物々しくて、こんな時期に手術して本当にいいのか、不安になってきた」と、揺れ動く気持ちを吐露されるケースは多かった。
それだけではない。「病院内も大変ざわついていて、こんなタイミングでも手術をした方が良いのか分からない」と、病院の物々しい体制や医療従事者のピリピリした様子に、不安をかきたてられている人も少なくなかった。
共通していたのは、感染の不安や恐怖だった。単なる恐怖というより、「得体の知れない物への恐怖」という表現がしっくりくるような状況だった。
繰り返し伝えた感染防止対策
現在は医療関係の各学会などが情報を発信しているが、当初は新型コロナに関する情報が少なく、発信されている情報だけでは答えられないような相談ばかりが続いた。平時のがん相談に新型コロナという経験のない相談が加わり、難しい対応を迫られた。
患者・家族がネットや人づてに聞く不確かな情報に振り回されないよう、相談員は厚生労働省からの情報を日々確認し、専門家からも情報収集して共有した。また、ホットラインに寄せられた相談内容やそれにどう対応したかなども平時以上に共有し、相談後も複数の相談員で対応がどうだったかを振り返るなど、最善の対応ができるよう努めた。
それでも、答えられないような相談もあった。新型コロナのことは公表されている情報以上のことは相談員にも分からないことを素直に伝えた。もちろんそれだけで終わらせず、まずは不安な気持ちを十分受け止め、気持ちが落ち着くよう支援した。冷静に考えられるようになったところで、不安だからといって自己判断で治療を中断したり受診を控えたりすることがないよう、治療や受診のことは担当医に遠慮なく聞いていいことや相談の仕方を具体的に助言した。
また、やみくもに恐怖におびえるのではなく、しっかり感染防止対策をすることの重要性を伝えた。メディアでも繰り返し伝えられてはいたが、手洗いや手指消毒、マスクの着用など、感染防止対策の基本的なことがらを電話の向こうの相談者が実践できるように、より丁寧に伝えることを心掛け、この基本的なことがとても大切であることを繰り返し伝えた。
業務継続へ苦渋の時間短縮
祝日と年末年始を除いて毎日10時から18時まで相談を受け付けるのが当室の特長だ。これまでに相談者から「土日に相談をやっている所が少ないから、ここがあることで救われています」「何度もここにかけて、そのたびに話を聞いてもらっていたから治療をがんばれました。ここがなかったらがんばれなかった」という言葉がたくさん寄せられている。患者・家族にとっていつでもつながれる場所があることが重要だ。相談員と電話がつながった瞬
間に安堵のため息をつく相談者を思うと、ホットラインが必要とされていることを痛感する。だからこそ、絶対に継続しなくてはならないという思いを強く心に持ちながら相談にあたった。
しかし、4月7日に「緊急事態宣言」が出され、方針変更を余儀なくされた。翌8日から宣言が解除された5月25日までは、実施日を減らし、受付時間を短縮して行った(月・水・金・土の10時~13時、15時~18時)。6月からは毎日の実施に戻し、時間の短縮は継続して現在に至っている。
こうした対応を取った理由は、相談業務をストップさせないためだった。実施日を減らし、かつ、2部制にすることで、午前と午後の相談員の接触を避け、感染のリスクを減らし、万が一、感染者が出たとしても濃厚接触者を極力減らしたいと考えた。一方で、こういう時だからこそ、毎日実施して患者・家族の不安に寄り添いたいとも考えた。苦渋の決断ではあったが、相談受付時間が短くなっても、途切れることなく毎日相談を受けられる体制を
維持することはホットラインの使命であり、今後もそうあるために努力していく覚悟だ。
ホットラインを利用した多くのがん患者・家族は、人が多く集まる場所に行くことや人に会うことを恐れていた。「総菜を買う以外は外出していない」という声があったほか、「受診時は滞在時間を短くしたいから、病院の相談窓口は利用したくない」という声も聞かれた。こうした声からも、対面せずに相談ができる電話相談の重要性を改めて痛感した。自分が安心できる場所から、対面せずとも相談ができ、不安な時にいつでもかけられるということが、患者・家族にどれだけ安心をもたらしているかを、この事態を通じで再認識した。
2021年もしばらくはこの状況が続く事が予想される。相談員として、引き続き患者・家族の気持ちに寄り添った支援に努めたい。
(日本対がん協会機関紙「対がん協会報」2021年1月1日号掲載)