シリーズがん教育②
すべての子どもにがん教育を

 がん教育を考えるシリーズの第2回に登場するのは、東京大学医学部附属病院放射線科准教授の中川恵一先生。中川先生は日本対がん協会が朝日新聞社と共に実施した「ドクタービジット」を始め、がん教育に先駆的に取り組んできた。文部科学省の「がん教育の在り方に関する検討会」の検討委員でもある中川先生に、なぜ今学校現場でがん教育が必要なのかをお聞きした。

日本はがん教育後進国

――なぜ学校現場でがん教育が必要なのでしょうか。

 がんという病気の特徴は、ちょっとした知識と行動で大きく運命が変わるというところにあります。なのに誰も教えてくれないから、一般の人は知識にアクセスできません。学校の保健体育の授業だって実際は「体育体育」で、せいぜい雨が降った時にやるのが保健というのが実情でしょう?だからがん検診の受診率も低いし、治療法にしても、たとえば子宮頸がんの場合、日本では8割の人が手術をしますが、欧米では8割が放射線治療を選ぶんです。

――放射線治療の方が良いということですか。

 選択肢があるということを知るのが大事なんです。でも日本ではがん=手術。それ以外に知らないんですから。それで不幸な結果になることもある。僕はたまたま放射線科や緩和ケアの領域でずっと仕事をしてきたので、そういう問題点が良くみえたのです。がんになっても色々な選択肢があり、それぞれの治療法の良い点、悪い点があるということを知っているだけでも良い。それができるのは学校教育以外にないんです。

――現状は情報源が限られています。

 がんのことを知るのはせいぜいテレビからなのですが、テレビはやはり「神の手」なんですよね。ブラックジャックの時代からドラマの医者は外科医です。そしてテレビで描かれるがんは亡くなることが多い。だから子どもたちにがんのことを聞くと、痛い、怖い、死ぬ病気、脱毛、抗がん剤といったネガティブなイメージばかりです。
 出張授業でがん経験者の方が話をすると子どもたちがびっくりするんです。がんになった人がこんなに元気なんだって。これだけがんになる人が増えている時代に、そんな状況のままでいいわけがないでしょう。



信頼できるテキストが必要

――学校現場では負担が重いという声もあります。現場の教師にどんな支援ができますか。

 僕は保健体育や養護の先生を対象にずいぶん講演をしましたが、彼らの知識は一般の人と同じです。知らないことは教えにくいんです。それに、にわか知識で教えてはいけません。ですから先生方が困らないようにわかりやすくて全国の学校で使える、きちんとオーソライズされた教材を用意する必要があります。例えば授業は今制作中の『がんって、なに?』などの映像教材を使って教え、子どもたちの質問には先生がきちんと答える。その際も想定問答集や、教師用の虎の巻のようなものを用意すると良いと思います。

――がん教育を教える学年や教科についてはどうお考えですか。
 僕は2段階で構えるのが良いと思うんです。まずは各教室で先生が教え、年に一回ぐらい1学年皆が集まって、がん経験者や医者の話を聞くといった具合に。その場合、教室での授業はやはり保健、講演は総合などの時間になると思います。実施学年は義務教育の中学生でまず実施してほしい。本当はがんを理解するのに必要な、生物学の知識がある中学3年生が一番良いのですが、受験があるので中学2年生ぐらいが適当だと思います。

多様な外部人材を活用

――外部の組織や人材の導入についてはどんな方策が考えられますか?

 例えば文科省の事業で「がんプロフェッショナル養成基盤推進プラン」という、がんの専門医療人を養成する大学院プログラムがありますが、そこで学んでいる若い医者たちに授業をしてもらう方法もあります。彼らの関心は高いですよ。医師会もがん教育に協力すると言っていますし、各学校には校医もいます。もちろんすべての校医ががん教育をできるかは若干不安がありますが、本来そういうことができなければ、校医でいる意味がないんじゃないかな。

――日本対がん協会や支部に期待することをお聞かせ下さい。

 対がん協会に作っていただいたがん教育DVD『がんちゃんの冒険』は文科省が制作協力となり各所で活用されています。制作中の『がんって、なに?』も信頼できる教材です。これらを現場の先生方が広く使えるようにしてほしい。また、患者会などとのつながりを生かして、現場で話せる人を紹介してほしいと思います。日本のがん啓発をけん引してきた対がん協会の力を貸していただくことで、結果的にがん検診の受診率を上げていくことにもなると思います。

(聞き手 日本対がん協会広報グループマネジャー 本橋美枝)

対がん協会報2014年11月号より