2021年10月15日 小児がん治療後の長期の健康管理の啓発事業~自己管理でQOL向上に~

休眠預金を活用したがん患者支援6事業の中で、公益財団法人がんの子どもを守る会(以下、CCAJ)は、小児がん経験者の長期的な健康ケアの重要性を啓発し、自主的な健康管理につなげる事業に取り組む。今回は、CCAJの山下公輔理事長(親)、本事業のアドバイザリーボードのメンバーである国立成育医療研究センター(以下、成育)の松本公一・小児がんセンター長、小児がん経験者で同じくアドバイザリーボードのお一人である舛本大輔さん(小児がん経験者の会WISH代表、CCAJ評議員)にお集まりいただき、課題と事業の概要についてお話しいただいた。聞き手は、岡本宏之・日本対がん協会事務局長。
(取材と構成・日本対がん協会 休眠預金活用事業担当)

小児がんは80%治る、その後の長期健康管理が重要

岡本 CCAJは約半世紀にわたってがんの子どもやそのご両親を支える活動を続けてこられました。団体設立の経緯、特に力を入れてこられた活動についてお聞かせください。

山下公輔理事長

山下 1960年代初めに遡ります。当時、小児がんは不治の病とされ、聖路加国際病院でがんのお子さんを亡くした父親2人が“小児がんを治る病気にしたい”、“悲しむ家族をなくしたい”、そのためにまず同じ経験を持つ親たちが動かなければ、との思いが出発点です。2人は数年かけて組織化のために一緒に全国を回り「親の会」を立ち上げました。当時それがNHKの報道番組で取り上げられ、全国から支援の声や寄付金などがあり、厚生省(当時)の理解もあって財団法人として1968年に発足しました。

 当初は、①相談事業をメインにしながら、②経済的に患者ご家族を支援する療養援助事業、③小児がんの治療開発のための治療研究助成の3つを活動の柱にしていました。その後、2000年代から、小児がん患者家族への一層の支援を目指し、アフラックのサポートを得て小児がんなど小児難病患者家族のための総合支援センター「ペアレンツハウス」を開設、近年では小児がん経験者支援の強化や、同じくアフラックのサポートを受けてがん遺児及び小児がん経験者の高校生を対象にした奨学金事業も始めました。発足当時から地方展開を図っており、現在では全国21支部に活動拠点があります。

岡本 私の息子は18歳の時に骨肉腫に罹患し、それから10年以上が経過しています。よって、本事業のテーマである「長期的な健康管理」にはとても関心があります。どういう課題に着目されたのでしょうか。

山下 小児がんの罹患は年間2,000~ 2,500人です。小児がん経験者は数万人に上り、20~39歳の若年成人の500~1,000人に1人とされます。今は平均すると80%近くの人が治る病気ですが、脳腫瘍など治癒率の低い疾病も多くあります。あらたな課題は子どもの頃に受けた治療の影響が大人になってから出る晩期合併症や二次がんリスクへの対応と、自主的な健康管理の促進によるQOL(生活の質)の向上です。当会では6名の専任ソーシャルワーカーが相談支援にあたっていますが、“治療後”に関するご質問も多くあります。今後も小児がん経験者は増えていきますし、何時かは親もいなくなるわけですから、“治った後”の健康管理の重要性を少しでも多くの小児がん経験者・ご家族にご理解いただき、自分の治療歴や適切な健康管理の方法を知らない場合には適切な医療機関での受診につなげる、そうした啓発強化が必要と考えていました。

治療歴のデータ蓄積・整備を行う

岡本 国は2012年の第2期「がん対策推進基本計画」で小児がんを重点課題の一つに位置付けました。健康管理を長期でフォローアップする上で、医療現場からみた課題は何でしょうか。

松本公一・小児がんセンター長

松本 まず“成育”についてですが、国が2013年に指定した全国15の小児がん拠点病院(以下、拠点病院)の一つです。私たちは小児がんの診療や支援体制の一層の充実をはかるため、成育センター内に「小児がんセンター」を開設しました。翌2014年には、国立がん研究センターとともに全国の拠点病院を牽引する「小児がん中央機関」に指定されるなど、小児がん診療のモデルになることを目指しています。(注)
 長期フォローアップの課題の一つは、治療歴の登録システムが出来ていないことです。成人後も本人が病名と治療内容を第三者に自分で説明できることが大事なのですが、成長に伴い転居など生活環境が変わり、転院や担当医師の異動などにより、治療歴が把握できない、相談先がわからない、ということが起こります。

 また、小児診療から成人診療科の移行期医療(トランジション)で、いつまでが小児科主体で診療するか、という問題もあります。成人医療に小児がんの専門家があまりいないこともあって、小児がん経験者が受診しても、“なんでここに受診に来たの?”と成人医療の先生に言われてしまうこともあると聞きます。

岡本 舛本さんがCCAJと本プロジェクトで協働することになったきっかけは何ですか。また、ご自身が代表を務める患者会の活動など教えてください。

舛本 元々両親がCCAJに加入していたので、退院後、同会企画のキャンプやイベントに参加し、会のリーダーや小児がん経験者と悩みや不安などを相談・交流したことが始まりです。それがきっかけで将来の健康のことへの関心が高まり、3年前に長期フォローアップ外来を受診しました。経験者同士で一緒に考える機会はある意味貴重な相互啓発の場でもあります。
 小児がん経験者参加の患者会は十数団体ありますが、中高生を持つご両親から企画の問い合わせ・ご要望(交流の場など)をいただきます。現在はコロナで休止状態ですが、長期の健康管理のことも知って欲しいですし、同世代からリアルでの情報は伝わり方も違います。

舛本大輔さん

アドバイザリーボード立上げで長期の運営体制に

岡本 コロナ禍で小児がん経験者と拠点病院をつなぐ、連携することに随分制約やご苦労があったと思います。

山下 そうですね。でも、この間、事業見直しのよい機会にもなりました。医療従事者と小児がん経験者の方々にご協力いただきアドバイザリーボード(事務局含め10名)を立ち上げ、当初の計画から現状にあった計画にするためにご助言をいただきました。CCAJの実行チーム(8名)と合わせ、事業の長期的な連携や運営体制を整えることが出来ました。また、小児がん経験者と親へのヒアリングを繰り返し行い、本新規事業へのご意見・アドバイスをもらいました。「治療後、長期の受診離れはどうして起こるのか」、「信頼を持ってもらえる情報提供やサイトなど広報のあり方、届くメッセージや言葉の使い方」「相談できる場はあるか、どうたどり着くか」など多くのヒントがありました。

「小児がん経験者の長期の健康管理の啓発事業」アドバイザリーボード

松本 公一

国立成育医療研究センター小児がんセンター

力石 健

宮城県立こども病院血液腫瘍科

宮地 充

京都府立医科大学附属病院小児科

長谷川 大輔

聖路加国際病院小児科

石田 也寸志

元JCCG長期フォローアップ委員会委員長
愛媛県立中央病院小児医療センター

大園 秀一

JCCG長期フォローアップ委員会委員長
日本小児血液・がん学会 長期フォローアップ・移行期医療検討委員会委員
久留米大学病院小児科

前田 美穂

日本医科大学付属病院小児科/日本歯科大学

舛本 大輔

小児がん経験者の会WISH代表/がんの子どもを守る会評議員

菱ケ江 惠子

小児がん経験者の会 FT 及び QOL+メンバー

岡本 長期の健康管理については、問題意識と取り組みは従来からあったと思うのですが、本事業期間(2020~22年度)では、何を重点に取り組まれますか。

山下 私たちの事業目的は、舛本さんのように表に出てきてくれて、長期の健康管理の大切さに気付いてくれる人を増やすこと、そして必要な場合、受診につなげることです。主に、18歳以上の小児がん経験者を想定していますが、そこで自分の治療歴に基づいた健康フォローアップのレベルを知って、自身の健康管理に活かして欲しいと考えています。

■事業コンセプト■

<対象者>
主に18歳未満で発症した小児・AYA世代がん経験者(現在18歳以上)
<課題>
・定期的な受診がない
・相談できる場所がない
<目標>
1.長期的な健康管理の重要性を知ってもらうための啓発チャネルと情報フローをつくる
2.発信により、関心をもってくれる小児がん経験者を増やす
3.医療機関での受診につながり、過去の治療歴とフォローアップレベルを知り、今後の健康管理方針の共有につながる事例をつくる
<取り組み>
1.受診離れの原因を調査・分析した上で、「特設情報サイト」を開設し、発信する
2.既存の相談窓口を活用し、医療機関につなげる
3.「アドバイザリーボード」(小児がん専門家など)を構成し、小児がん拠点病院・連携病院とのネットワークを広め、強化する

そのために、①特設情報サイトなど、対象者にアクセスする媒体を広げることと合わせて、②CCAJの相談窓口を活用し、治療歴に基づいた適切な健康管理の方法の説明を受けることができる病院の紹介など個別対応の体制を再整備しました。また、アドバイザーの先生方の病院や連携病院へつなげていく、そういう“入口”、ネットワークを広げることに注力したいと考えています。必要な健康管理から離れてしまっている人が対象なので、どこまで出来るか期待とともに不安もあるのが正直なところですが。

健康管理サイト開設のお知らせ

ワンチームで伝え、支える

岡本 拠点病院や患者会からCCAJの本事業にどう取り組まれますか。またアドバイスなどありましたらお聞かせください。

松本 先ほどの話で、小児科から成人医療科に移るために別の病院にかかるとき、治療の情報(治療サマリー)があると良いです。地元の病院が長期フォローアップの担い手になることが望ましいので、中央機関としてデータ蓄積を担うフォローアップセンターを作りたいと考えています。医療の発達で、昔の小児がん患者さんの長期フォローアップのデータと今治療している人の10~20年後のデータとでは必ずしも同じではないということがあります。きちんとしたデータを取って長期フォローアップに活かしたいと思います。
 今まで当病院で診てきた患者さんの
「コホート」(cohort)を作って、今後アンケート調査(例:どんなことに困っていますか?)や、小児がん経験者自身で健康状態を入力してもらうことなどを計画しています。まずは東京エリア、その後全国にそのシステムを広げる準備をしています。CCAJさんとも協力して、良い仕組みができればと思います。
 小児がん連携病院は全国に150あり、長期フォローアップを専門にしている病院もあります。当病院のHPでも一覧を公開しているので相談先の情報としてご活用いただきたいと思います。また、相談支援はソーシャルワーカーや看護師の役割が大きいので、CCAJさんが本事業で尽力されている“ワンチームで伝え、支える枠組み”を一緒に作っていきたいと思います。

山下 本事業の究極のテーマは小児がん経験者の自立です。将来にわたって啓発と連携の枠組みを全国に広げていきたい。準備に時間がかかりましたが今月(9月)末に特設情報サイトを立ち上げる予定です。

舛本 治療が終わり、時間が経つと病気のことは忘れて、入院中に出来なかったこと、楽しみたいことが沢山あって、それはそれで自然な気持ちでよいことだと思います。一方、このコロナ禍で自分の病気について考えるきっかけになった人も多いのではないでしょうか。通院を何らかの形で続けるに越したことはない。私も長期フォローアップ外来に行けてよかったと思っていますし、家族も健康管理のことを理解できて安心です。
 今回の事業のヒアリングとして、サバイバーで話し合う機会を作ってくれたことに感謝しています。小児がんのピアサポートは同じAYA世代にとって重要だと思うので、小児がん経験者が取り残されないように、今度は自分が患者会などを通じて発信し、一緒に考える場づくりに貢献したいです。

岡本宏之事務局長

岡本 ―日本対がん協会では全国約50カ所で「リレー・フォー・ライフ」というがんサバイバーさん同士が交流できる活動も行っています。ぜひご活用ください。本日はまことにありがとうございました。

*注釈)国立成育医療研究センター・小児がんセンター組織:臨床、中央診断・データセンター、患者支援の3つの部門からなる。臨床部門に「長期フォローアップ科」を設置。また中央診断・データ管理部門はAYA世代の院内がん登録の集約・分析を国立がん研究センターと協働で担い、長期フォローアップに役立てている。(同センターHPより抜粋・編集)

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