2021年8月10日 地元愛知で医療と民間企業が連携 包括的な就労支援モデル創る
       ~治療による心身の変化を踏まえた新しい働き方を見出す~
       対談:ブリッジ×日赤名古屋第二×パロマ社

休眠預金を活用したがん患者支援6事業のうち、3事業は「就労支援」に関わるもの。その一翼を担う一般社団法人仕事と治療の両立支援ネット-ブリッジ(以下、ブリッジ)は、“医療と職場双方の情報共有と調整支援で、患者本人が納得できる働き方に繋げる“という事例・モデルづくりに取り組む。今回は、ブリッジ代表理事の服部文さん(キャリアコンサルタント、がん情報ナビゲーター*1)、本事業の連携パートナーとして、医療側から日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院(以下、日赤名古屋第二)の多職種で構成するチームの山室さんら4人、企業側から株式会社パロマ(名古屋発のグローバル企業。以下、パロマ社)の丹羽さんにお集まりいただき、現場での課題と取り組みをお話しいただいた。聞き手は、石田一郎・日本対がん協会常務理事。(取材と構成・日本対がん協会 休眠預金活用事業担当)

対談参加者(敬称略)
服部  文 (一社)仕事と治療の両立支援ネット-ブリッジ 代表理事
山室  理 日本赤十字社愛知医療センター 名古屋第二病院 副院長
室田かおる 同病院 がん診療推進センター 看護師長
高原 悠子 同病院 薬剤部医薬品安全課
谷内 結花 同病院 患者支援センター相談支援室 看護師長
丹羽 利行 株式会社パロマ秘書室長 兼広報室長 兼管理部長代行

名古屋市を中心に多職種連携のネットワークが生まれた

――ブリッジは2013年(第2期がん対策推進基本計画スタートの翌年)に活動を開始されました。団体設立の目的や活動についてお聞かせください。

服部文さん

服部 「生涯で2人に1人ががんになる」ことは知られるようになりましたが、そのうち、生産年齢人口(15~64歳 )でがんになる人は、がん罹患者全体(約100万人/年)の「3分の1」。つまり働く世代でがんになる人は6人に1人(17%)で決して少なくない確率だという実感は社員さんも企業もあまりないのではないでしょうか。がんと診断され、心身の大きな変化に遭遇した時にこそ共に向き合う第三者の存在が必要だと思い、仲間とブリッジを設立しました。自身の病気経験やキャリアコンサルタント(以下、CC)という役割からも背中を押されました。

服部 国の「がん患者の就労に関する総合支援事業」の役割にCCを加えて欲しいと厚生労働省に提言したのもこの頃です。そしてがん治療とその後の職業人生に向き合い、医療情報を踏まえて職場とも折り合いをつけていく調整支援活動を始めました。2015年に東海地区の医療従事者、企業関係者、就労支援者が核となった草の根ネットワーク「がん就労を考える会」(*2)がスタート。医療の枠を超えた多職種連携の形ができました。

石田一郎常務理事

――日赤名古屋第二で就労支援を始めたきっかけは何ですか。ブリッジとの連携はどういう状況で始まったのでしょうか。

室田かおるさん

室田 2012年に有志で「がん患者サポート部会」を院内に立ち上げ、治療と働くことの両立に熱心なドクターが中心となり2014年から就労支援活動を本格化しました。構成は、医師、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカーで毎月1回定例ミーテイングを開き、各自が日々相談支援センターで対応した事例を共有することから始めました。

山室 がん治療の進歩による全がん5年相対生存率の上昇に伴い、がん患者にとっては「がんとの共生」、就労しながらのがん治療はますます大事になります。
2018年度診療報酬改定では、療養・就労両立支援指導料、相談体制充実加算が新設されました。しかしながら、外来診察時の説明や医療従事者の面談だけでは支援が不十分となる場合があります。職場の事情が医療者からはよく見え無いことが大きな要因となっています。“社会復帰までの医療”がゴールなわけですから病院と職場をつなぐ調整支援が必要と判断し、ブリッジとの協働が始まりました。

山室理さん

――パロマ社が両立支援に取り組まれる背景などお聞かせください。

丹羽利行さん

丹羽 私は2011年から2017年まで人事部長をやっておりまして、いろいろなケースがありました。従業員ががんと診断された時、治療に入る時、治療が終わって復職を考える時、それぞれのステージで、本人だけでなくご家族の状況や気持ちはどうかなど、できるだけ正しく理解するように心がけていました。自分も病気の経験があるので分かるのですが、“本人の為“と思っていても当事者の本音とずれることもあります。また、職場への遠慮や逆に焦りもあります。

会社がより良い対応を考えるには、いつ頃から働けるのか?職場でどのような配慮が必要なのか?といった病院からの正確な情報が適宜必要です。信頼ある第三者に橋渡ししてもらいたいというニーズがあり、ブリッジを紹介してもらいました。

 会社は普段人間ドック等で日赤名古屋第二にはお世話になっており、“がん患者・がん経験者に何ができるか、困ったら人事に”、という共通の意識があると思います。

がんの告知や治療の早い段階でトライアングルの相談支援を始める

――医療と労働の調整事業の特徴、しくみを教えてください。

服部 今まで300人以上のがん患者に関わりました。がんと診断されて「治療に専念しなくては」とすぐ離職するケース、復職事前に配慮事項を提示され企業が対応できないケース、従前の職務が困難となり職場の人間関係が徐々に悪化して退職に追い込まれるケースなどさまざまです。ある日突然がんに罹患し、治療に向き合うだけでも精一杯なのに、冷静に今後の働き方を考えるというのは非常に難しいものです。それでも治療が一段落してようやく仕事のことを考えられるようになってからでは、時すでに遅しということも多いのです。この事業は、がん治療と向き合うことになった人を、なるべく早い段階で提携病院や企業から私たちブリッジのCCと社労士の相談チーム(ブリッジキャリアコーディネーター:Bridge Carrier Coordinator、以下BCC)につなげてもらう連携スキームです。(=図1)

図1トライアングル調整事業のコンセプト

服部 人生の途上に衝撃的な出来事が起こり、刻々と変化する自身の気持ちや体と向き合い、自分の納得できる職業人生を選択できるように支援する、医療情報を踏まえ働きたい人が安全に働ける環境づくりを協力企業と事前に考え、実践する事例を増やしたい。(=図2)例として、この事業で手掛けたケースを紹介します。本人はがんである事実に傷つき誰にも知られたくなく、企業は安全配慮義務に基づいた対応のための十分な情報が得られないため、復職に向けた話し合いが膠着状態でした。カウンセリングを通じて伝えるべき内容・守るべき気持ちを整理・理解し、会社との対話に至り、職場の理解も含めた安全に配慮した復職を実現することができました。事業効果の一つです。

図2医療と企業の情報のクロス共有のイメージ

山室 医療側でも「両立支援コーディネーター」というスキルを持った人材の育成に取り組んでいます。現在10名が本研修を修了し、業務に活かしてもらっています。看護師、薬剤師、保健師、医療ソーシャルワーカーと専門分野は異なりますが、患者にとっては治療・復職・健康ケアとつながっているのでトータルで相談できるようにしたいと考えています。ただ、企業や個別職場と直接のコミュニケーションは出来ないのでCCや社労士の存在は欠かせません。

治療計画と仕事・職場での配慮をつなげる、信頼性の高いシステムでサポート

――関係者で治療や面談、調整の情報共有はどのように行うのでしょうか。個人の治療情報セキュリティのことや多職種間での共有、ブリッジのBCCとの共有など、どう管理・運営されていますか。

服部 トライアングルの調整機能を発揮するため、ブリッジでは以前から使っていたクラウド型のグループウェア(情報共有ソフト)「サイボウズOffice」が医療現場での情報共有とフォローに応用できるのではないかと考え、サイボウズ社の協力を得て本休眠預金活用事業のためのカスタムアプリを作製しました。(=図3) 情報は二つのファイルで管理します。一つは患者情報マスタで基本的な患者属性を、もう一つは面談・調整支援データファイルで進捗状況を共有し、コメント欄に相互依頼や確認事項を入れられるようになっています。IDを発行し、個人名と情報を切り離して守秘管理します。日赤名古屋第二のご協力で実装化に漕ぎつけました。

図3「サイボウズOffice」における情報共有概念図

谷内結花さん

谷内 流れとしては、①日赤名古屋第二の相談支援センターでの相談受付(相談支援開始の了解)、②院内でブリッジと両立支援コーディネーターによる個人面談実施・アンケート調査、③必要時ブリッジによる勤務先の調整支援、④支援終了時に相談者や勤務先と確認。そしてアンケート調査、です。このしくみが導入され、ブリッジと勤務先との相談・調整状況、仕事のことなどがタイムリーに院内支援者間で見えるようになりました。主治医が配慮事項を記入する際にもとても参考になります。“治療を受けながら仕事を続けたい“というニーズのあるがん患者にはこの両立支援活動のことをもっと知って欲しいです。

高原 薬剤師として関わっています。患者と接するのは病院や勤務先の人だけでなく、地域でもさまざまな生活者との接点がある私たち薬剤師の役割は大事だと感じています。時に就労への意識が薄れてしまうこともありますが、「がん就労を考える会」は、多職種間で情報を共有し、医療を超えたがん患者のQOL向上を学ぶよい機会です。

高原 悠子さん

室田 日赤名古屋第二ではがんの告知時に認定看護師が同席・面談を行い、いろいろな思いを丁寧に受け止めます。その上で就労についての考え方、職場での心配事についてもお聞きします。また、治療開始や休職時、復職時、或いは再発時や終末期など仕事に関わるターニングポイントで気持ちの変化を把握するようにしています。治療計画と仕事・職場での配慮は全てつながっていますので、この調整支援のしくみ・情報は貴重です。

服部 適切に相談支援を運用するために、何が相談できるかを共有しています。(=表) 例えば、悩みごとの言語化、自己理解、復職後の目標設定や行動化、などです。地元で調整支援ができる人材をもっと育成する必要がありますが、これらの支援内容は、これまでにない医療分野におけるCCとしての基本要件と重なります。来年には養成講座を開設します。

表:調整支援における主な相談項目

✓ いまの仕事に対する自己概念を明確化する
✓ 何に困っているか、悩みごとを言語化する
✓ 治療とともにある職業生活の望ましいあり方を、
  対話を通じて整理し、目標を立てる
✓ 復職後の職場での自分のあり方を考える
✓ 職場に自分をどう伝えるかを自己決定する
✓ 社会保障制度の活用について、手段を提示する
(休職中、両立時、離職時)

丹羽 社員ががんと対峙し、働きながら治療するケースは今後増えると思います。突然大きな病に遭遇した時に、社員だけでなくご家族、職場が備えを持つ(そういう対応の仕組みがあることを社員も知っている)ことは大きな経営課題だと考えています。治療のことを人事や働く現場で理解できることばで翻訳してもらえると安心感があります。

企業にがんについてもっと知ってもらい、両立支援の事例を積み重ねる

――両立を考えるがん患者や県内企業にもっとPRを、というお話がありましたが、企業の理解・協力をどう広げますか。

服部 まずはがんについてもっと知ってもらえるように、さまざまな機会を作っていきます。先般、「がんアライ部名古屋」(*3)という企業の人事・産業保健担当者の勉強会を行いました。5回目になりますが、今回は19社から参加がありました。中外製薬株式会社人事部の方より同社の「がんに関する就労支援ハンドブック」のポイント紹介と“両立支援における社内体制の構築と運用”についてお話しいただきました。沢山のQ&Aから関心の高さと実務面で各社共悩みを抱えていることが分かりました。
 それから、休眠預金活用事業の総括組織からご紹介いただいた愛知県経営者協会(*4)の方とお話しする機会を得ました。その中で、企業は定年延長、女性活躍、ハラスメント防止、メンタルヘルス、育児・介護等々人事労務の課題が山積していることを改めて実感しています。両立支援の企業活動の中での位置付け、啓発、社員さんのモチベーション向上(企業の財産を守ること)のお手伝いができればと思います。まずは会員企業様への発信でご協力頂けることになりました。本助成事業の終了後をにらんで地域の仲間、支援者を継続的に増やしていきたいです。

――医療の枠を超えた両立支援をお話しただきありがとうございました。皆様の取り組みをもっと多くの関係者に知って頂けるよう協会としても尽力します。

<注釈>
*1 「キャンサーネットジャパン」の“がん医療情報を体系的に学ぶ”認定試験制度
*2 本日の座談会に参加頂いた山室氏、室田氏、高原氏、服部氏は「がん就労を考える会」の世話人として多職種間連携の両立支援に取り組む。
*3 “がんを治療しながら働く”問題に取り組む民間プロジェクトの名古屋版
*4 経団連の地方組織。人事労務分野を中心に活動。会員は865社(大企業20%, 中小企業70%)

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