2021年4月15日
「企業内ピアサポーター」を企業とつくる ~がん経験を職場のポジティブ・エネルギーに~
対談 CSRプロジェクト桜井さん、髙橋さん×カルビー武田さん

休眠預金を活用したがん患者支援事業を担う一般社団法人CSR プロジェクト(以下、CSR)は、「企業内がんコミュニティの育成による、がんと治療の両立支援・ダイバーシテイの推進」をテーマとした事業に企業と協働して取り組んでいる。今回はCSR代表理事の桜井なおみさん、理事・事務局長の髙橋みどりさん、そしてパートナー企業の一つ、カルビーの常務執行役員CHRO(人事最高責任者)人事総務本部長・武田雅子さんにお集まりいただき、“がん患者(当事者)も職場も元気にしたい”という思いを語ってもらった。3氏はいずれも乳がんの経験者で、離職や転職を経験している。司会は日本対がん協会の石田一郎常務理事(取材と構成・日本対がん協会 休眠預金活用事業担当)

―CSRさんは今年3月で設立からちょうど10年を迎えます。振り返っていかがですか。また、次の10年をどう考えますか。

自立のきっかけを支援

桜井なおみさん

桜井 自身の乳がん罹患と治療、そして離職など将来の不安を抱えていた時期、“病を持つ人が自分らしく生きる“をテーマにした東京大学の「医療政策人材養成講座」を受講したのが出発点でした。がんに罹患する働く世代のうち、3割の人が働きたいのに辞めていることについて、「これは個人の問題ではなく社会問題で、そこにはいろいろな因子がある」点をがんと就労の調査研究で提起しました。当時は省庁再編の時期で、厚生省と労働省の統合はまさに“両立”のテーマそのものということもあって、関心を持って評価を頂きました。

そして両立の取り組みを実際に社会で広げるためCSR(Cancer SurvivorsRecruiting=がんサバイバーの就労)プロジェクトを設立しました。国はこの間「がん対策基本法」などの法整備を進めましたが、一人ひとりの多様な働き方を支えるためには、多様なキャリアの中で働いてきたサバイバーの力が必要です。知り合いの企業の方たちにお声がけし、幸い仲間が増えました。
基本的な考え方はあくまで「自立していこう」です。私たちは支援で自立するきっかけを作りたい。企業人はもともと“課題解決が仕事“というDNAを持ち合わせているし、参加企業・参加者の得意分野も異なるので、課題抽出、その課題をめぐる議論、解決へ向けたアイデアがどんどんふくらみます。共感して頂ける企業・仲間が広がるよう活動を続けます。

石田一郎常務理事

―NPOが企業と一緒に職場で課題解決するというアプローチは、実効性・継続性の面から選定委員の皆さんも期待しています。続けて武田さんにお尋ねです。武田さんは企業経営というお立場ですが、本事業に関わることになったきっかけは何ですか。

武田雅子さん

武田 私は30代での乳がん治療で精神的につらい時期があり、その時キャンサーネットジャパンさんの患者おしゃべり会で桜井さんと出会いました。病気をしたことで様々なバックグラウンドや業種の人たちに出会い、話を聞いてもらう機会に恵まれましたが、同席していた若い患者さんたちの悩みには仕事のことが多く、当時から私自身が人事の仕事をしていたこともあり、いつの間にか話を聞く側になっていました。
カルビーに転職した時、社員さんへの自己紹介で自分が乳がんであったことも伝えたのですが、その後、“実は私も…”とカミングアウトしてくれる人が現れました。たった一人からの小さなスタートでした。今、社内でがん患者・サバイバーのネットワークを作っていますが、経験者が集まることで職場に核ができて、“何ができるか、何をやろうか”という動きが生まれました。こういった動きの持つ力は、ある意味企業トップの一言以上に強く職場に伝わり、パワーになると考えています。こうした変化を多くの職場に広げたい。

髙橋 私は以前、外資系企業に勤めていたのですが、がんに罹患したことや治療などで配慮すべき事情はごく自然にオープンに職場で共有されていました。日本企業の場合、がんという病気を理解しないまま無意識に“関われない“と決めつけてしまう傾向があるような気がして、自分に何かできないかと思ったのがCSRに参加するきっかけでした。

身近な相談相手を意識的に育成

―事業計画で二つの柱を示されました。一つが職場の身近な相談相手としての「企業内ピアサポーター」の育成と体制整備です。なぜ、この事業コンセプトを発想されたのですか。
桜井 厚労省の研究事業の一環で治療と職場生活の実態調査を行いました。“診断から入院、通院治療、職場復帰という各段階で、どのような支援が企業や職場であったか“という設問で、制度面を含めて具体例を聞きました。残念ながら、どの段階においても70 ~80%のがん患者が「支援がなかった」と回答していたこと=上左図=が背景にあります。休眠預金活用事業の公募を知り、3年間というまとまった期間で横展開のための”職場の身近な相談相手をつくり、つながる“という理想モデルの実例を積み上げたいと考えました。

―職場のネットワーク作りから、さらに「企業内ピアサポーター」という人材育成に踏み込まれています。どのようなモデルづくりに取り組まれますか。休眠預金活用事業はあと2年で終わりますが、人づくりは長期です。同じピアサポートに取り組む方も関心が高いと思います。育成の指標があれば教えてください。
桜井 昨年、パートナー企業4社(アフラック生命保険、カルビー、サッポロビール、電通)の合同でピアサポート研修を行いました。各社のがん経験者や支援者を対象に、ピアサポートの実践に必要ながんの基本知識や基本スキルの習得に取り組みました。コロナ禍でもありオンラインで行いましたが、ロールプレイングも交えながら様々な気づきや意見交換をしました。

アフラック生命保険株式会社、カルビー株式会社、サッポロビール株式会社、株式会社電通

その時に使った、「企業内ピアサポーターが身につけたい基本スキル10項目」=上右表=があります。特に①~④はいわゆる“壁打ち”の相手(聞き役に徹する立場)になって、悩みの中心は何か、これからどうしたいのか、生活や仕事の優先順位は何かなどを聞いて整理するお手伝いです。全ての項目をまんべんなくというより、まずは相談・傾聴のチェックリストとして活用してもらえればと考えています。がん患者の関心はそれぞれですし、よくよく聞いていくと、がん罹患をきっかけにそれ以前から職場で悩んでいた潜在的な問題があぶり出されることもよくあります。

「がんと就労」を制するは働き方改革を制する

―なるほど。まず平易な言語化が第一歩ですね。人の話が出たので一つ伺います。国立がん研究センターの「がんと就労白書(2017-2018)」で第1回企業意見交換会の議論が取り上げられました。座長は武田さんが務められましたが、「がんと就労を制することは働き方改革を制することにつながる」と発言されています。なぜでしょうか。
武田 がん患者の就労は(各人の症状やできることについての)個別性が非常に高く、周囲の人間が一人ひとりと向き合う風土が職場にあることが必要です。 しかし現実は、“がん“と聞くと周囲は固まったり引いたり、あるいは”自分はどうやって正しい対応をしたらいいだろう“と当事者不在のまま物事が進んでしまうことがほとんどです。また、同じ種類のがんになった社員でも働き方や考えは人それぞれ。当事者とその都度しっかり向き合うことが大切という考え方も、多様な働き方を考えるマネジメントの基本です。結果それが他の傷病にも応用ができると思うからです。
採用・育成など人に対する長期投資と事業のリターンをセットで考えることは経営そのものです。そういう意味で人事は社内制度の整備といった一義的責務はありますが、もっと経営に関わっていいとも考えています。人生百年時代と言われながら、国内では労働人口の減少が明らかな現在、がん治療と就労のテーマは経営的視点からも重要な課題の一つです。
―武田さんが発起人を務める「がんアライ部」(*)に多くの賛同企業が「がんアライ宣言」をして様々な活動を発信されています。CSRさんも複数社と連携されていますね。

桜井 企業さんの中には治療と仕事の両立支援を(労働安全衛生のような)義務的なものに見る側面がありますが、一方で“多様性は面白い“、”新しい価値・ビジネスを生むきっかけに“という感覚もあります。「がんアライ部」などでも優れた取り組みを表彰・共有・発信されていますが、そうした企業が是非増えてほしい。少しでも多くの企業に企業内ピアサポーターの育成事業を知って頂き、一緒にロールモデルを作りたいです。大企業が変われば中小・零細も気づきの機会が増え、アクションにつながると思います。
武田 「がんアライ部」では企業表彰をおこなっていますが、審査にあたっては1社1社のストーリーをしっかり読み取り、授賞理由についての審査員間の目線合わせなどにも時間をかけます。何より各社・各参加者が“様々な背景を持つ社員が生き生きと働くために何かヒントを持って帰りたい”、と非常に真剣に、時にガツガツ(笑)して参加される様子はとても印象的です。
髙橋 こうした企業内ピアサポートの事例を生み続けることで大きな波になると思います。SDGsもこの数年で認知度が飛躍的に向上しました。

中小・零細企業のがん患者向け「エピソードバンク」

―事業骨子のもう一つの柱について。絶対数がそもそも少ない中小企業や個人事業主のがん罹患者・経験者を孤立させないための交流サイト「エピソードバンク(がん患者版)」を今年2月に立ち上げられました。反響はいかがでしょうか。
桜井 立ち上げは2月4日、世界対がんデーの日でした。働く世代のがんサバイバーの様々な体験を通じて得られた、苦労や良かったこと、工夫など、それぞれのエピソードをサバイバー同士で共有する場です。小規模事業所だと、がん罹患者がまれな存在なこともありますから。私たちはエピソードバンクを掲示板機能だけにとどまらせず、書き込まれた言葉を専門家と一緒に分析して悩みのアルゴリズムを解明し、支援する側の参考にもしていきたいと考えています。大事に育てていきたいですね。

「エピソードバンク」のページ

髙橋さんに聞く プロジェクトロゴ「WorkCAN’s」に込めた思い

働く(Work)と、がんと共生することができる(Can)への決意を込めてプロジェクトのロゴを作りました。パートナー企業さんのデザイン協力も頂き、とても気に入っています。
今後、企業内ピアサポーターを育成し、がんに罹患した社員の身近な相談先を確保するとともに、企業内における「がん」への理解促進、就労支援における医療機関への橋渡し役として、支援体制全体の質の向上を目指します。企業だけでなく社会に広く浸透するようにモデル作りに取り組みます。特に、人材面で困難が予想される中小・零細企業においては、オンラインでのコミュニティ支援などを展開します。皆様のご参加をお待ちしています。(談)

       商標出願中

髙橋みどりさん

―当協会の事業、例えばがん検診や禁煙の推進、ピンクリボン活動などは企業の健康経営に資するところが大きいです。私たちも皆さんの活動から学びながら一緒に両立支援に取り組みます。本日はありがとうございました。

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