2021年2月15日 安心して性について語り合える 社会にしたい!

CNJ「がん患者の性の悩み 専門相談プロジェクト」

 
 休眠預金を活用してがん患者の支援事業を担う認定NPO法人「キャンサーネットジャパン」(CNJ)は、「がん患者の性生活(セクシュアリティ)~心と体に及ぼす性的側面のサポート~」の事業に取り組んでいる。がんの治療に伴う外見的、機能的、精神的な変化は性にも影響を及ぼすが、それらに関する情報は非常に限られている。また、生命に直結はしない問題のため、医療従事者と患者(及びパートナー)との間で個別事情に応じた相談や情報共有が必ずしも行われないケースが多い。そうした現状を変えようと、CNJは「性に関する新しい専門相談の仕組みづくり」へ名乗りを上げた。その活動とめざすものについて、木原康太事務局長とプロジェクトを牽引する看護師の池田明香プロジェクトマネージャーに話を聞いた。聞き手は、日本対がん協会の無料電話相談「がん相談ホットライン」で日々患者・家族の声に耳を傾ける社会福祉士の北見知美マネジャー。
(取材と構成・日本対がん協会 休眠預金活用事業担当)

北見 CNJさんの活動は医療情報の発信をはじめ幅広いですが、性の専門相談の事業を立ち上げようと思ったき
っかけは何ですか。

悩みは多様、でも認知度は低い

木原康太事務局長

木原 CNJは1991年、乳がん患者向けのパンフレットの無料配布から活動が始まりました。今でいう“インフォームド・コンセント”への着目から、科学的根拠に基づく正確な情報発信を信条としています。今回の事業に関しては、「がん対策推進基本計画」(第3期)で「診療早期における生殖機能の温存、後遺症及び性生活(セクシュアリティ)に関する相談支援並びに情報提供の体制が構築されていない、十分な検討がなされていない」という現状認識がなされている一方で、具体的施策が織り込まれていないことに問題意識を感じていたのが始まりです。
 医療の進歩により、がんを克服して、あるいはがんと共に社会生活を送れるようになり、就労支援などの課題も見えてきました。しかし、それらに比べたら、このテーマへの認知度はまだまだ低いです。このような状況を改善すべく、情報発信していくのがCNJの一つの役割でもあります。これまで培ってきた医療従事者とのネットワークを活かし課題解決に取り組んでいきたいと思います。

池田 私の場合は10年以上前になりますが、看護師の仕事をしつつ血液がんのサバイバーとしてがん相談を受ける機会があり、仲間と定期的に勉強会を開いていたのです。がん患者の性に関することもその一つでした。それをきっかけに、がん患者やパートナー向けのセクシュアリティに関する小冊子作りを手伝う機会がありました。

キャンサーネットジャパンのロゴ

池田明香プロジェクトマネージャー

 それから10年以上経過し現職についたある時、その冊子の内容がほとんど変わっていないことを知り、もっと様々な相談に対応できるようにアップデートしたいと思うようになりました。性の悩みは、特にAYA世代共通でかつ個別性の高いテーマです。がん患者の“妊孕性 (にんようせい)”への理解は進みましたが、性の悩みはセンシティブな話題ということもあって、「命が助かったのだから……」と無意識にあきらめたり、「しかたがない」「どこに相談したらいいの?」で止まったりいることが多いです。ここを改善できれば、一人ひとりの活動性が高まり、生活がより豊かになると思いました。そのような時に、日本対がん協会の休眠預金活用事業公募のことを知り、本事業の立案に繋がりました。

がん患者の「性」に関する悩み・本音(例)

・性別の異なる医師に話すのは恥ずかしい。
・産婦人科? 泌尿器科? どこに相談すればいい?
・がん治療後の妊娠、出産、子どもへの影響は?
・相手(パートナー・恋人など)にどう話してよいかわからない
・性生活に消極的になった。セックスも怖い。
 パートナーともギクシャク……
(注)Japan Cancer Forum 2020, 「がん患者の性について考える~セクシュアリティについて安心して語り合える為に~」渡邊知映 氏(昭和大学 保健医療学部 教授)講義より抜粋・編集

敷居を下げ、新しい形を

北見知美マネジャー

北見 ホットラインでも妊孕性だけでなく性に関する悩みや疑問の相談はあります。ただ、“性=恥ずかしい”という気持ちが強く、お話の最後のほうでやっとためらいがちに、話しにくそうに触れてくるケースがほとんどです。性全般の多様な悩みや専門家への橋渡しを含め課題を感じていたので、CNJさんの事業を知ってとても期待しています。内容を教えてください。

木原 私たちはこのプロジェクトを通じて、がん患者・パートナーが安心して性について語り合える社会を目指しています。そのためには、国内で情報が乏しい性(セクシュアリティ)の問題を専門家監修のもと広く情報発信します。また、センシティブな内容なので、相談しやすいツールであるアプリでハードルを下げ、婦人科医、泌尿器科医、看護師、セックスカウンセラーといった専門家に相談できる仕組みづくりを目指しています。
池田 事業計画では「4つの目標」と「5つの柱」を掲げています。その中で第一の肝は患者さんやパートナーが無意識にあきらめていた悩みを“意識化“していくことです。 「もしかしたら誰かに聞いてもらえるかも」「解決のきっかけになるかも」「恥ずかしいことではないよね」と思ってもらえるような仕掛けです。そうしなければ次のステップには進めません。
 二つ目は、性の悩みに応えるためのコンテンツ整備です。性教育の要素も含め体系的にまとまっているものが少ないので、各分野の専門家の協力を得ながらWebの特集ページを構築していきます。公開時は約50項目の記事を想定していますが、性教育の内容から海外の情報まで徐々に記事の内容を増やし、個別相談やQ&Aも追加してブラッシュアップしていきます。この2つを両輪に、患者さんや経験者の目に留まるよう分かり易い発信や共有の場を工夫します。

プロジェクトの目的

がん患者・患者パートナーの性(セクシュアリティ)に関する相談や専門科にかかることが選択肢の一つとして当たり前になる

プロジェクト 4つの目標

✓ 必要な人へ、必要な情報を分かりやすく届ける
✓ コミュニケーション手段が増える
✓ がん医療に関わるサポーターの認知度が上がる
✓ がんのセクシュアリティに関する相談が身近になる

アプリのチャットで無料相談

北見 事業の枠組みがよく分かりました。“意識化する”、“相談の敷居を下げる、目に留まる“というお話でしたが、具体的にはどのようなアイデアがありますか。
池田 まずアプリでの無料相談。チャット形式の専門相談や必要な情報へのアクセスが簡単にできるほか、テーマに合わせたコミュニティの作成、患者さんが日々の体調等を記録し自己管理できるような機能を付けるなど、より使いやすいアプリを工夫していきたいです。併せて、セミナー以外に座談会やオンラインイベントなど、ざっくばらんな交流の機会も設けていきたいです。AYA研究会の“AYA Week”(3月)でも患者・配偶者を含むパートナーに向けて体験談等の共有を考えています。一方、Webだけでは届かない層には小冊子など紙媒体の形で、拠点病院の協力を得て伝えていきます。

北見 がん相談ホットラインには、未婚・既婚、性別を問わず相談が寄せられています。「性交渉のことで……」と使い慣れない言葉のようで、ぎこちなく切り出される方は多いものです。相談内容は、性交渉のことや、治療によって生じた外見の変化に伴って、パートナーとの性生活に前向きになれない気持ちや、パートナーへの気持ちの伝え方やそのタイミング、パートナーが異性として見てくれなくなったなど実に様々です。
 理解あるパートナーに恵まれている方もいらっしゃいますが、その優しさがかえって辛いとか、申し訳ない気持ちになるという複雑な心境を話される方もいます。性に関する悩みはオープンにできない方が多いだけに、自分だけが悩んでいると思っている方は少なくありません。ですから同じように悩んでいる人と普段の言葉で会話できる場があるというのはいいですね。一方、医療従事者はどのように関わっていったらよいのでしょうか。
池田 看護師は一定の教育を受けていますが、看護師自身が若いとやはり恥ずかしさはあります。「性の相談サポートは必要ですよ」ということを伝えたいです。どのように接するか、話しやすくするきっかけとして小冊子を使ってもらいたいと考えています。
北見 相談を受ける側の意識やスキルも重要ですから、私たち相談員は対応がどうだったかを振り返ることや、継続的に研修を行うことで相談の質の担保や向上に努めています。情報収集も大切ですが、性に関する情報は現状では限られていますので、今後はCNJさんで取り組まれる性に関する情報は共有させていただきたいです。

池田 この事業では電話相談までは考えていませんが、まずはチャット形式でのコミュニケーションに慣れてもらい、その悩みに応じてスペシャリスト集団の各専門の先生が対応する形を、ステップを踏みながら積み上げたいと思います。コンテンツの総監修は昭和大学保健医療学部教授の渡邊知映先生にお願いしていて、泌尿器科のことはこの先生、性のことはセックスカウンセラーに、という具合にチームとして対応していきます。あと大事なことですが、セキュリティやプライバシーの担保です。掲示板やZoom形式などでも安心して話し合えるインフラ・環境をしっかり整えたいです。
 また、性のことをもっと気軽に語ってもらえるように、キャラクターをつくりました。名前は公募し、591件ものネーミング案が寄せられました。SNSの投票で決定し、さらに輪を広げようと思います。私たちの事業の相談はアプリで始めますが、対がん協会のホットラインでの生の声は貴重なので今後も聞かせてください。
北見 これからもより良いがん相談ができるように情報交換など連携していきたいです。本日はありがとうございました。

591件のネーミング案が寄せられたキャラクター

 この事業は、金融機関の口座で10年以上出し入れがない「休眠預金」を社会課題解決に活かすプロジェクトの一つです。「がんで苦しむ人や悲しむ人をなくしたい」をミッションとし、資金分配団体に選ばれた日本対がん協会の協力のもと、その実行団体の一つに採択されたキャンサーネットジャパンが行うものです。

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