2020年3月1日 「休眠預金」活用のがん患者支援事業が始動 -大野選定委員長に聞く 実行6団体への期待-

金融機関の口座で10年以上出し入れがない「休眠預金」を社会貢献に生かす「がん患者支援事業」が本格的に動き出している。昨年、休眠預金の「資金配分団体」の一つに選ばれた日本対がん協会は、助成テーマとして「がん患者の就労支援」「AYA世代(15~39歳)や小児のがん患者、希少がん患者の支援」「新たながん相談体制の構築」などを掲げて支援事業を実行する団体を公募。今年2月、応募25団体の中から6団体を選定した。コロナ禍による遅れもあったが、ネット活用はじめ様々な工夫で動き出した。今回は申請事業の審査・採択にあたった選定委員長の大野真司氏(がん研有明病院副院長・乳腺センター長)に、これからのがん患者支援のあり方や6団体への期待を語ってもらった。聞き手は日本対がん協会の石田一郎常務理事

―がん対策基本法が2006年にできて今年で14年。患者目線でのがん対策ということが打ち出され、多くの施策が推進されてきました。一方で、就労支援をはじめ課題はいまだ多くあります。大野先生は乳がんの専門医であると同時に、多くの患者団体ともつながりをもってこられました。現在の患者・サバイバー支援や課題など、どのようにご覧になっていますか。

これからの10年が大事

大野 基本法成立から10数年、治療法の進歩や療養生活など質の向上が大きく進みました。2012年の第2期『がん対策推進基本計画』で初めて就労やAYA世代・小児がんへのフォーカスやサバイバーシップという言葉が注目されるなど暗中模索ながらも進展は確実にありました。ホップ・ステップ・ジャンプという言葉に例えれば、今までがホップであり、これからの10年がステップ。社会全体としてどのように進めるかが課題です。

―日本対がん協会が休眠預金活用事業に手を挙げたのもそこに動機があったからです。例えば、就労支援については、マニュアルやガイドラインが整備され、大企業から徐々に浸透し始めましたが、中小企業や自営業ではどうなのか。また、患者数の多いがん種では標準治療などが確立してそれなりの対策が取られるようになりましたが、患者数の少ない希少がんや小児・AYA世代のがんはどうなのか。がんの診断で自殺リスクが増えるという研究がありましたが、身近な相談相手の存在というのも重要です。これまで手薄になってきた課題を前進させたいと考えていました。課題設定についてはいかがでしょうか。

大野 日本対がん協会が掲げた3つの切り口は、国の計画の大事なテーマです。旗は立てたが、実際「どうやるか」、現場の医療者だけで解決できるものではありません。行政はもちろん、複数分野の支援関係者が一緒になってどう関わるか、どういう新しい動きをつくるのか、そこに的を絞ったのが休眠預金活用のがん患者支援事業です。よいタイミングでのプロジェクトだと思います。

裾野の広がり、新しい着眼点を意識

―6団体の選定のポイントは。

大野 25団体から申請がありましたが、選ばれていない団体の事業の中にも素晴らしいものがたくさんありました。審査会で意識したのは、がん患者支援の取り組みの裾野を広げていくこと、そのモデル作りへの期待が一つ。例えば就労支援で言えば大企業から中小・零細への拡散や、支援対象者の多い首都圏に偏ることなく、地方を巻き込むことです。また、従来の取り組みの延長線上というよりも、新しい着眼点での事業設計や、団体の規模や実績にとらわれず比較的新しい、これからのロールモデルとしての伸びしろに期待したい団体・事業を意識しました。

―ここからは6団体の事業について、個別にお話を伺いたいと思います。最初に、「キャンサーネットジャパン」。事業は、がん患者とそのパートナーの性に関する専門相談の構築です。協会の「がん相談ホットライン」でも色々なお話の中の一つとして性のご相談を受けることが多くあります。相談しづらいと思うのですが、“性交渉は大丈夫だろうか”、“パートナーから嫌われないだろうか”といった悩みを打ち明けられます。

大野 性の問題は若い方、特にこれからお子さんをつくろうとご予定の方にとっては大事なことです。“治療とは違う”という思いから相談を躊躇されたり、話せない・話しづらい、となってしまったりする。私も厚生労働省の研究として若いがん患者さんやサバイバーの性の問題に取り組んだことがありました。情報発信は進んだものの、性に関わる専門情報の入手や誰に相談できるのかなど、当事者に寄り添って考えなければならない課題です。キャンサーネットさんは情報整備とアプリによる気軽な専門相談構築の両面で、まさに手つかずの問題に取り組まれると言ってもよいと思います。

―続いて、「がんの子どもを守る会」。こちらは、小児がん経験者の長期フォローアップ受診促進のための啓発活動を掲げています。小児がんの治療成績向上に伴い、治療を終える小児がん経験者が増える一方で、治療後に起こる“晩期合併症”リスクが課題と言われています。この事業を選ばれた理由などをお聞かせください。
大野 小児がんの生存率は高まり、治る人も増えてきました。一方で残念ながら、後遺症の問題や、10~20年後に副作用や合併症を発症するリスクは残っています。治療後も全国小児がん拠点病院などでの継続的な健康チェックの受診が必要なのですが、治療終了後にそうしたフォローが途絶えてしまいがちです。ましてコロナ禍ではただでさえ医療機関へ行くことがためらわれます。また、患者数は相対的に少なく、また全国に散らばっているので、患者さんやご家族の方にこうした情報が十分行き届かない。どこで受診したらよいか、治療歴情報の蓄積など、課題は多く簡単ではありません。いわゆる“長期フォローアップロス者”へいかにリーチ(到達)し、受診につなげていくか。患者会など同じコミュニティでの情報交換促進などにも期待したいです。

―次は「日本希少がん患者会ネットワーク」です。“つながろう!希少がん”をスローガンに、国内外・地域での希少がん患者・患者家族と産官学ネットワーク強化による問題解決を事業設計しています。5大がん種と異なり、がん患者の10人に2人が希少がんでその種類は欧州の中分類で150種類以上と言われます。これも難題です。対がん協会の「がん相談ホットライン」でも、希少がんの相談はあっても情報が限られているので課題を感じています。選定委員会ではどのような議論だったのでしょうか。

大野 希少なので必要な欲しい情報にたどり着くのが本当に難しい。また希少性ということから、患者さん特定個人に合った情報の入手と共有が必要で、ネットワーク作りは大きな課題です。また、原因不明ゆえに治療法や薬の開発も企業だけに任せればよいということではなく国の支援も必要です。ゲノム医療の応用やがん専門病院間のつながりも大事。このプロジェクトの設計図で、それらの課題解決に“産官学ネットワーク形成“を据えていることはポイントを突いていると思います。さらに地方の患者さんにとっての情報格差、地域格差といった重要な視点も入っており、流れを作っていただきたいです。

「就労支援」テーマに3団体

―さてここからは、がん患者さんの就労支援事業を行う3団体です。毎年約100万人ががんに罹患し、うち3分の1は働く世代。そして、がんに罹患した勤労者の約3割(約10万人)は離職してしまうのが現状です。対がん協会の「がん相談ホットライン」と「社会保険労務士によるがんと就労相談」にも治療と仕事の両立や経済的な悩みなどが多数寄せられ、課題の大きさを実感しています。3団体の一つ、「CSRプロジェクト」は企業内ピアサポーターの育成、がんコミュニティ形成による両立支援(中小企業向けのITアプリ活用)を掲げています。何を期待されますか。

大野 まず、就労支援テーマについて一言。2012年の「がん対策推進基本計画」で初めて就労支援が取り上げられました。その後少しずつ進展はあったものの、広く中小企業まで問題の認識や取り組みが及んではいません。治療や薬の進歩で生存率は向上しましたが、一人ひとりの身体的つらさや仕事を続けられるだろうかという不安は変わりません。CSRプロジェクトさんがやろうとしている、“職場の身近な存在として患者さん同士やサバイバーの立場で相談し合える人のつながりを作る”ことは、時間がかかるかもしれませんが将来のモデルとして様々な仕事場で応用できるのではないかと思います。中小・零細企業にはアプリでの企業を超えたつながり、がん患者さんの意識などの分析も織り込まれていて期待しています。

―続いて愛知県の団体、「仕事と治療の両立支援ネット―ブリッジ」です。医療と職場の連携を重視した包括的な調整機能による就労支援のモデル作りの大切さを主張されています。何を期待されますか。

大野 ブリッジさんは、患者さんをはじめ、職場、医療、行政と一緒になったモデルを地域で継続的に作り、定着させようとしています。小さい組織ながら地元で関係者の顔が見える取り組み・やり方は他地域でも参考になると思います。また、調整機能を発揮するためには、医療のこと、職場のこと、支援対象者の動機付けなど、知識とスキルを持った核となる人材の役割が重要です。将来的に継続してもらうためにも、“人作り”といったところにも注目しています。

―そして『日本キャリア開発協会』。少しでもスムーズな就労移行を実現するために、リハビリボランティア「りぼら」という新しいモデル作りに挑戦されます。発案したのは同協会に在籍するがんサバイバーでキャリアコンサルタントとして活躍されている方だと聞いています。違ったアプローチでの就労支援ですが、どう評価されていますか。

大野 就労支援3団体の中で、全国規模の大きな組織ですね。キャリアコンサルティングという専門スキルを使って多くの実績を上げられています。この事業では治療後に職場復帰を考え始めた患者さん・サバイバーに焦点を当てています。治療と仕事への思いや不安、一方で受け入れ職場が抱くであろう様々な戸惑い、こうした中で双方が構えずに一歩を踏みだせるお手伝いをするモデルはユニークです。都内の特定エリアでの取り組みになりますが、将来他県への横展開につながることを期待しています。

多くの発見や成功につながるようサポートを

―コロナ禍で各団体とも患者さんや医療関係者、パートナーさんとのコミュニケーションや、3年間という限られた期間での事業目標達成に苦労があると思います。最後に一言、実行団体への応援メッセージをお願いします。

大野 今回、対がん協会が設定した課題と実行6団体による事業はこれからの10年、社会から注目されなければならない大事なテーマ・切り口です。コロナ禍でできなくなったこともありますが、ITなど交流の有用な手段を発見する機会になりました。また、採択して資金提供するだけでなく、適宜アドバイス、サポートが大事です。選定委員会も選定した責任がある、という思いでいます。

―「がんで苦しむ人や悲しむ人をなくしたい」という日本対がん協会のミッションは、国連のSDGs(持続可能な開発目標)の“だれ一人取り残さない”と一致しています。SDGsの17の目標のうち、少なくとも5項目の課題解決が今回のがん患者支援事業によって後押しされます。多くの発見・成功事例につながるよう、日本対がん協会としても一緒に伴走したいと思います。

◇ がん患者支援事業と6団体の動きを随時お伝えしていきます。

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